自尊心の小さな花
6/23 火曜日 空が綺麗でした。

夜が明ける 4:25。
つい最近、意味のなさそうなことにハマる!意味のなさそうなことが好きかも!!って、ブログに書いたけど、今朝は何回も何回も、そんなんやって意味あるの? 足掛けなんか意味ないで。しんどい後屈頑張って、何になる? 日常に役立つどころか、疲れるよー。って、聞こえてきた。がんばろうとするけど、なぜか否定の攻撃がとまらない。
気持ちが弱くなってきて、元気も、やる気もなくなっていきました笑。出来る範囲でギリギリ取り組み、ティッティバーサナは、いつもと全然違うものになった。力強く歩けないし、その場で足踏みしてるみたい。ピンチャは不安定すぎたので壁に移動しました。否定の攻撃に抵抗したくて、負けない!って、カランダヴァーサナは何度も繰り返し練習したけど、疲れて余計に虚しくなった🫠 わたしが弱ると、否定の声が大きくなった気がする。なんとか最後のバックバンドまで練習したけど、
44呼吸やってる気合いのウップルティヒは、浅い10呼吸で簡単に諦めて降りた。書きながら、ネガティブな練習だなぁ〜笑。と思うんだけど、シャバーサナで自分の状態を観察しつつ、もう抵抗しない。と思って、ゆるめて受け入れ、認めてあげると、『安心』は、ちゃんとあった。
そのあと、目を閉じて、少し静かに座ったら、そこにも『安心や幸せ』があったから大丈夫。
どんな練習でも、やらなきゃよかった。と思った日はなくて、練習してよかったし、今日も練習ができてよかった、わたしと向き合えてよかった。と、心から思う。
ずーっと楽しいというわけじゃない。
ずーっとネガティブなわけでもない。
私のヨガ人生、私の物語、見ているほうの視点で、思いっきり楽しめたらいいな、と今朝思いました。
午後からは月に一度、ヴェーダーンタのクラス。第3回目は、ダルマモークシャのこと。アルタカーマ(安全や安心、快楽喜び)についても、かなり深く考えるようになった。
好き嫌いで選ばない。やりたいやりたくないで選ばない。そんなお話のときには、今朝の練習が、すぐに思い浮かびました。やる。を選んでよかったと思う。小さなことだけど、選択する練習を繰り返すことで、私に眠っている自尊心の小さな花が、どんどん咲いていくらしい。それが、深い自己尊厳につながっていくということ。
毎日練習するということも、苦手なアーサナと向き合うことも、苦手な仕事だったり、やりたくない、面倒なことをやる時も、ダルマ調和を、できるだけ喜んで選べるように、考えを整えていきたいと思いました。そのためには、アルタカーマに強く執着してはいけない。握っている手をゆるめること。気づいて立ち止まれたときは、それも成長だろうし、また、識別するとき、選ぶときには、心の強さが必要なんだと思う。
練習で鍛えた強さを、暮らしや、生き方に活かしていきたいです。今日もクラスに参加することができて、すごくすごく幸せでした。景子先生、誠也先生、画面のなかの皆さんに、心から感謝しています。みんなと学べて成長していけることが、たまらなく嬉しいと思った。

誠也先生から、景子先生、さらに京都のチェータナ先生、スワミジ、、辿ればもっともっと繋がってると思う。たくさんのかたの見えていない支えがあって、その流れのなかに居させてもらえるということが、信じられなくて有り難くて、、今日は胸がいっぱいになり苦しくなった。絶対に学びを無駄にしたくないと、思いました。

雨降りじゃないから、夕方はいつもどうり散歩にでました🏃♀️♪ 今まで無音で歩いてたけど、今日からノリノリの音楽で、若干、競歩🏃♀️ 競歩って、かなり汗がでる💦 歩いたあとのお風呂は、より幸せです。

朝焼けをみて、夕陽みて、今日も無事に終わりそう。有難くて当たり前じゃない。今夜もちゃんと想って眠ろうと思います。